2012-03-01から1ヶ月間の記事一覧

私は彼女がいよいよ駄目だということを知ったのは、死ぬ十日前であるが、いつしか、この種の病人を見とる身よりの者たちは、たいていこのときまでは、死ぬとは思ってはいない、ということを知るようになった。私はその頃になって病院を出て、新宿の歌舞伎町…

追手から逃げて食う物もなく、纍々然として喪家の犬の如しとなげいたときの孔子とか、弟子の顔淵が死んだとき失神したときの孔子は、あの二メートル十二センチあったという長人にして頑丈な肉体は、どんな変化をうけていたであろうか。『月光』小島信夫

誰もがまったくのしらふだったのだ。真っ暗な店のなか、ぽつぽつと点されたろうそくの小さな光のうえを、幽霊のような演歌が漂っていた。「母の、小さな、てぶくろを」日本の演歌を良いと感じてしまったのは、私の人生のなかで初めての体験だった。「忘れも…

ビルはビルの意味を失ったとき、ビルはビルだけでからっぽで言葉の向こうに行こうとする、何か違うものに変化する。金村修

生まれてからピアノばかり弾いてきた彼女にも陰毛が生えていることが意外な気がした。『眼と太陽』磯崎憲一郎

無駄に晴れるなんていうことはないはずだが、きのうは外出する気はさらさらないのに、 外は信じがたいほどの快晴、落ち着いて室内で本を読むこともできずに目だけ見開いていた。 そういうときだけ響いてくる言葉や声があることに気づいた。track13

無数の岩石を割らねばならない、全世界が瓦礫の山になろうとも。「中心志向」吉増剛造

明日が今日より一日だけ過去であるようなカレンダー、時間と記憶を飲み込んでしまう底なしの容器を前にして、はたして私は存在したことになるのだろうか? 塚原史『荒川修作の軌跡と奇跡』

私は空想とは、ただ遠くへ遠くへ飛んでいってしまうということではなくて、凡庸なものたちの間では、無関係であるものどうしのなかに、関係のある紐帯を見つけるというようなことをいうのだ、とかねてから持論にしているのです。小島信夫

父は教会をやっていながら、ありがたいことは大きらいだった。田中小実昌『アメン父』

回心したひと、悟ったひとが絶望するなんてことはあり得ない。しかし、父は絶望した。 田中小実昌『アメン父』

地上には幸も不幸もありましょう。いろいろなことがありましょう。しかし「十字架」というものはない。 田中小実昌『アメン父』

アメリカは不器用な者にはとても住みいいところで、ぼくみたいな不器用な男には、もってこいのところだなどと言った。 田中小実昌『アメン父』

しかし、多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう。マタイによる福音書

宗教や哲学はある問題を解決するためのものではない 『アメン父』田中小実昌

彼は情熱のおもむくままに、日本に帰化して、小泉八雲と名のった。しかし彼は、夢から醒めると、間違ったことをしたのを悟った。 チェンバレン『日本事物誌』

さて、私の制作は相変わらず続いています。日夜、仕事の連続です。…友人たちはいつも悲しい時代に生きていることをこぼしています。確かに今はいかに暗い時代かということは認めますが、私は希望を持たなければならないし、やめるわけにはゆきません。死ぬま…

いったい身体障害者というのは僕たちのことなんだよ。荒川修作

しかし、あのカーキ色の旧陸軍歩兵の外套を着て、九州筑前の田舎町から東京へ出て来て以来ずっと二十年の間、外套、外套、外套と考え続けてきた人間だった。たとえ真似であっても構わない。何としてでも、わたしの『外套』を書きたいものだと、考え続けて来…

ヴェンダース監督の「Pina\ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」を見んがためにわざわざ高速バスに乗って隣県へ。大勢が途中の繁華街で降車するものの、私と二十代後半くらいの女性三人組がバスの中に残って最終地まで向かう。私の存在に気がつかなかったのか…

たとえば、自分に関係のある部分(neighbor)は私の延長であり、その延長は私のようなかたちをしていないけれども、同じ人生を歩む—このことが理解できれば、私といわれている肉体がこのまま消えていったとしても、それほど恐怖に思わないでしょう。最終的に…

たとえば、トイレから居間に行くまでに一時間たっぷりかかる部屋をつくる。部屋の途中にありとあらゆる仕掛けがあるから、それだけ時間がかかるというわけです。そうすると、必然的に今まで思いもかけなかった腕の使い方、腰の使い方、足の使い方が自分の部…

中に入ってバランスを失うような気がしたら、自分の名前を叫んでみること。他の人の名前でもよい。 ≪養老天命反転地≫ 荒川修作+マドリン・ギンズ

豚のレバーを包丁で切る違和感わかる? あれって表面は艶やかで、滑らかに見えるけど、内部は強靱に密に結びついていて、切るのにすごい抵抗感がある。切断されがたい、重い肉の塊。その質感、感触が、私の意識そのものって感じられるんだよ。『生きているこ…

部屋が暑くなってひさしぶりに袖をまくる行為をする。袖のなかの腕を久しぶりに見たような気がした。長く巻いていた絆創膏をはがした時みたいに青白かった(「腕白」の語源が気になり出す)。それだけで深く息をしたような気がして、そのあと〈私〉があたり…

記憶の研究。その作用、その範囲、意味を実現する際のその役割。記憶が記憶自体(記憶の作用)を記憶できる全体的な状況の構築をめざして。 ≪意味のメカニズム≫ 荒川修作+マドリン・ギンズ

「僕は、今日は四メートル二センチぐらいある、昨日の夜は一メートルぐらいだった」、そういうふうに話をしなければならない。荒川修作

あなたと一緒に入り口に吸い込まれなかったものにはすべて別れを告げ、また中に入る前に廊下であなたを取り巻いていたものや、街を歩きまわっていた時に、あなたのまわりに渦巻いていたものの大半にも、さよならを言いましょう。≪三鷹天命反転住宅 使用法1≫…

音楽を聴き、終わった後、それは空中に消えてしまい、二度と捕まえることはできない。 エリック・ドルフィ

何もない、ことばを横切ってくる光の名残。『カフカノート』高橋悠治