2013-02-01から1ヶ月間の記事一覧

であるとは、「他のもの」を享受していることであり、自己を享受していることではだんじてないのである。『全体性と無限』レヴィナス

その手ざわりがふいになつかしまれたのはふた季節もすぎたころか,さがしてもさがしても見つけられなかった者にうすい夕やけが流れ,それゆえさらにのちの想起にとってその紙片にまつわる情緒は,集めれば集められた,使えば使えたときの淡さではなく,かかわりた…

形而上学的渇望は帰還を熱望することがない。それは、私たちが生まれたわけでもない土地に対する渇望であるからである。『全体性と無限』レヴィナス

先史時代の人間は、両手を同じようにつかえ、むしろ全般に左利きの傾向さえあったことが、さまざまな研究から推測されている。狩猟生活という段階に入ると、人類は左半身にある心臓の鼓動の大切さに気づき、左手の楯でこれを守ると、残る右の手で石を投げる…

斜面の針葉樹のむらだちがなだれる黒い影絵のむこうに,だんだん重く沈みたまっていく朱の濃さが,甘い滅びのおそれでながめられた.どこまでこごりきわまっていくのかとおびえる悦楽に凝然としていた者が,おりる足もとをおぼつかなく昏ませる宵もあった. 『累…

浜ぞいの道は長く,たしかにもうまひるまから,ごぜんから,目ざめるとすぐから,身に添いついていたものの正体に,とうとうさわれそうな,いやおうなくさわらされそうな忌避とときめきに,はなやぐ寂寥に,さんらんと染まってはひとひがおわる. 『累成体明寂』黒田…

どの道を行っても道ごとに落日があると知っていて,それを見たいのだかよけたいのだか,逆光の防砂林をぬけて目つぶしを射てくるものにまむかうにつけ背や横をさらすにつけ,白い小さな服はようしゃなく,あるいは惜しみなく彩られた. 『累成体明寂』黒田夏子

運命ということばを好んでつかうつもりはないが、隣家からの仔猫の訪れが繁くなるにつれて、しかし、このことばでしかいえないものもあると思うようになった。『猫の客』平出隆

能に感じることは、「狂気は大切だな」ということです。つまり狂っている世が平常とされるならば、そこでは狂者こそがまともですよね。光岡英稔

人間の製造、それは藝術かもしれませんね。フーコー

基本的に受け身を取れるのは、受け身を取れるように投げているからですよね。光岡英稔

座っている彼女の姿全体が、生きていることのひとつの深い秘密のようであり、しかもこの秘密には、何ひとつ隠されたところなどない。『セザンヌ 画家のメチエ』前田英樹

精密な知と開かれた現象と日常使用される言語とが遭遇できる瞬間は平凡な瞬間ではあるまい ミシェル・セール

彼は、モザイクの制作に歯のストックをあてることに決めた。歯は色も形も実にさまざまなので、この酔狂な作品にはうってつけだった。金や鉛の詰め物の輝きに加えて、歯根の鮮血のしみが、素材を一層充実させ、多様なものにしてくれるにちがいなかった。『ロ…

『ドン・キホーテ』という小説は、ドン・キホーテがドゥルシネーアを思い浮かべながら、えんえんと旅をする、一生懸命奮闘するという小説ですが、そういうドゥルシネーアのような人を持たなければ、人間はダメなんだ。そんな言い方を、中沢新一はしていたよ…

時枝は、英語を天秤に喩えた。主語と述語とが支点の双方にあって釣り合っている。それに対して日本語は「風呂敷」である。中心にあるのは「述語」である。それを包んで「補語」がある。「主語」も「補語」の一種類である!(私はこの指摘を知って雷に打たれ…

涙の兆しはないが、景色からあふれてくるものに浸されている気がした。通夜の客に姿を変えて、故郷というものがあふれてくる、と思えた。『鳥を探しに』平出隆

サングラスのうしろで目をなかば閉じ、家々の番地も街路の番号も見ないように歩いた。『ザーヒル』ボルヘス

装置であるのは、むしろ小説の方なのです。装置でありながら、何の装置だか使用法がわからないものとして小説が存在しているのでなければいけない。(中略)小説という装置は、おそらく小説家にとってさえ、それが何に役立つか見当もつかない粗暴な装置であ…

五人がおたがいに紹介しあった。荒川は、漆黒の頭髪が波打ち、きゅっとしまった容貌の真中に黒ダイヤの眼が光る。私には見えないものをふくめて、実に多くのものをみつめてきた眼だ。日本人にしては白い肌がニスの光沢を帯びて深いところから赤みがさしてい…

すなわちそっくりそのままのかたちで直立し、夜が明けても透明な青緑色の靄の厚みをとおして、そのままの彼らが見られるにちがいなく、それはあたかも行軍中に不意に地殻の大異変に会って生き埋めになった軍隊が、目に見えないほどゆっくり移動する氷河によ…

僕が現場と言うのは、たんに目の前にある場所ということではないのです。『遠野物語』森山大道

もう一度、彼は自分が人間世界へ仲間入りをさせられた思いがして、医者と錠前屋の双方が—彼はこの両者をはっきり区別して考えなかったのだ—やがて目ざましくすばらしい手腕を発揮してくれるのを待ち望んでいた。『変身』カフカ

イルカの交信がかれらのなき声によってはなされないで、音と音のあいだにある無音の間の長さによってなされるという生物学者の発表は暗示的だ。『音、沈黙と測りあえるほどに』武満徹

森市に生来のものとしてあったのは環境に親和する力だった。しかし、それは自然の中に溶け込むことではあっても、そこからなにかを浮かびあがらせるものではなかった。『鳥を探しに』平出隆

根性にも理論的なものがある。佐山聡 ** 昨日は急に寒さがゆるんで三月並みとのことだった。三月並みとは言っても三月に三月の気候をあたりまえに体験するのと二月に三月の気候が突然訪れる体験とでは心身が受けるインパクトは全然違う。誰もが一枚服を脱い…

ユダヤ神秘主義のある固有の表現についてお話しましょう。古代の権威者によって制定されたたいへんに古い祈りの言葉の中で、信者は神に向かって「あなた」(tu)と語りかけるところから始めますが、その祈りを「彼」(il)で終えるのです。まるで「あなた」…

あなたは依然として証言というものを認識や主題化の上に成り立つものだと考えているのですね。私が語ろうとした証言の概念はたしかに開示のひとつの形式ではありますけれど、この開示は私たちに何一つ示さないのです。哲学的な語法はつねにこの主題化という…