あるとき、ふと目の前の視界がひらけ、石畳に覆われた小さな広場に辿りついてしまう。道と道との結節点だ。散髪屋があり、自転車屋がある。狭く薄暗い店のなかで、男たちが豚足を肴に黙って焼酎を呑んでいる。なにかを話しているというわけでもない。夕暮れどきだというのに、歩いている女たちもまばらだ。おそらく罵声と喧騒に満ちた市場はどこか別の場所に存在していて、女たちは残らずそちらの方に向かったのだろう。だが、それにしてもこの広場の輪郭のない沈滞感はいったいどうしたものだろう。壁という壁は不揃いな大きさのハングルで隙間なく描きこまれ、地面もまた鑞石でいたるところ分割されているというのに、子供たちひとりとして見当たらないのだ。「狂女」四方田犬彦