身動きのならぬ病床でも、実際に喘いだことはほとんどなかった。一度息を走らせたら、辛抱が破れて、喘ぎが止まらなくなるとおそれた。しかし細く揺らぐ平衡がどうにか落ち着いたかという時に限って、安堵の隙を窺っていたように、笑いにも似た喘ぎの衝動がゆっくりと上げて来て、自分で自分を、剥離気味に眺めるうちに、制止の限界にかかり、手足までがひそかに、責任の分担を放棄して躁ぎ出す。砕けかける波の壁の、巻き込まれる間際の、透明に伸び切った碧を想った。それを堪えるだけ堪えて、長い息を抜く。喘ぎにはならないが、その平穏そうな息があたりの静まりの中で何かの間違いのように、聞こえることもあった。『野川』古井由吉