不寝番というのは淋しいなあ。みんなが寝ているのに自分だけが起きている。城壁というのは土のにおい、草のにおいがする。我々は城壁の外から敵が忍びよってきやしないか、時々眺める。ロバが啼くのは城壁の中だ。我々は二キロ歩いて、廟のあるところへ行く。するとそこに手旗が置いてある。別の方向をまわってきた動哨が旗を立てておいたのだな。それをこっちが立てる。そうしてまた歩き出す。カアちゃんのことオッカさんのこと姉上のことを考えるね。誰でも心の中は狂っているね。昼間来た手紙のことを考える。胸の内のポケットに入っている『別れる理由』小島信夫