ずっと間があいて,どこにも帰りつきたくない屈託者が川風をよすがに歩きつのってくると,ちょうどすぐ手まえまで来ていたその橋を,乗り合いの大型車が渡るところだった.夕日と夕雲とそれを映した川面とを総身のがらすに蒐め,ばらいろにゆらめいて過ぎた.橋うらにこもる音の非情に気がすんでそこから折りかえし,つぎの晩夏,町は去られた.『累成体明寂』黒田夏子