その花に会いにいくのがやめられた春と,草地にその花が絶えた春のどちらが先だったのか,朽ちすすんだ囲いの青い塗料が剥落しつくすのと,道の涯があえて見やろうとされなくなったのとどちらが先だったのか,それでも門の前に立つ者の肩には,かならず両端の石組みのけはいが,そしてまた海の方角の右寄りの大まかな青と小さなまぜんたの結晶とが,羽音のしない鳥のように飛んできてはとまるのをやめなかった.
『累成体明寂』黒田夏子