「何故って、幾何容易い字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分からなくなる。この間も今日の今の字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った様な気がする。仕舞には見れば見る程今らしくなくなって来る。—御前そんな事を経験した事はないかい」
「まさか」
『門』夏目漱石