老人とサーニカとはふた手に別れて、羊の群れの両端に立った。二人とも棒のように立ちつくした —身じろぎもしないで、地面を見つめ、考えこみながら、老人のほうは幸福についての思いから逃れられなかったし、若者は若者で、夜ふけに聞かされたことを考えつづけていたからだ。自分には要りもせず、わかりもしない幸福そのものにはちっとも興味は湧かなかったが、人間の幸福というものの幻のような、おとぎばなしのような性質が彼には興味深かった。『幸福』チェーホフ