長い、露のやどった口ひげを撫でながら、彼はずしりと馬にまたがって、何か忘れものがあるか、言い足りないかといったふうで、目を細めて遠くのほうを見た。いちばん地平線や果てしない曠野のあちこちに聳えている物見や古墳が、いかめしく、ひっそりと見おろしていた。じっと音もなく立ちつくすその姿には、幾世紀もの歳月と人間への全き無関心とが感じられた。これからさき千年たとうが、何十億の人が死のうが、物見や古墳は相変わらず立ちつくし、すこしも死者を悼むこともなく、生者に興味を抱くこともないだろう。そうして誰ひとり、なんのためにそれらが立ちつくすのか、どんな曠野の秘密がその下に隠されているのかを知ることもないだろう。『幸福』チェーホフ