作者は、船が潮流にも乗ってある方向に進んで行きつつあるらしいのを見とどけながら沈没させないように楫をとることに専念する。この潮流こそめあてでもあったみたいだからである。こうして目的地に無事上陸したかに見えるかもしれない。しかし、そのことより何より漂流中、思い出がのこるというか、今となればマストにあたった風の音、ときどき訪れてきた鳥の啼き声をなつかしむことになったとしたら、それが奇跡が生じたということになるといいたいような気がする。『菅野満子の手紙』小島信夫