たとえば季節の推移とかそれに応じて表情を異にする外界の事象であるとか、とにかく存在が無意識にその変化を符牒として読みとり、そのつど乱された調和を回復してゆくことになる刺激の総体は、われわれの生の条件と死の条件とを同時に開示するものとして、あたりを埋めつくしている。それをいま環境とも、風土とも、世界とも、ことによったら歴史と呼んでしまってもいいと思うが、そうしたものの秩序が急激に崩れるときに精神と肉体が蒙る不快感は、生の条件を構成するものの無数の系列を一瞬顕在化させながら、ウイとノンの選択を許さない苛酷な限界点のありかを、不可視の領域にほのめかすことになる。『批評あるいは仮死の祭典』蓮實重彦